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京都イラスト |
詳細 |
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京都タワー |
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JR京都駅目の前にある京都タワー。
1964年(昭和39年)12月に建てられ、展望室の他レストラン、ホテル、結婚式場などもあります。
<京都タワー>
T5 展望室
T4 展望室
F13T3〜F12T2 スカイラウンジ
F11T1 展望券売り場・展望エレベーター乗り場
夏期屋上ビアガーデン
5F〜9F 京都タワーホテル
9F 宴会場
9F ロビー/レストラン/バー/ラウンジ
9F 結婚式場
9F 宴会場
9F 京都タワー(株)事務所
4F 呉服展示場
3F ブックセンター/歯科医院
2F 100円プラザ/UFJ銀行
1F 展望券売り場/タワー名店街/
ホテルフロント/UFJ銀行
B1F 手芸用品店食堂街
B3F タワー浴場/理容室
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金閣寺 |
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正式には鹿苑寺(ろくおんじ)と言います。
古都京都の文化財として世界遺産に登録されています。
鎌倉時代に藤原公経が西園寺を立て、山荘も営んでいましたが、のちに、足利義満が西園寺を譲り受け改築。義満の北山山荘は当時「北山殿」「北山第」と呼ばれ、政治の中心となっていました。
義満の死後は義持によって北山殿は舎利殿を残して解体、鹿苑寺と名付けられました。
応仁の乱で多くの建築物が焼失してしまいました。
足利義満の北山山荘と義政の東山山荘に栄えた文化は、それぞれ北山文化・東山文化(室町時代)と呼ばれています。
<交通アクセス>
JR京都駅から市バス[205]系統(北大路バスターミナル行)又は市バス[101]系統(金閣寺行)で金閣寺道下車、徒歩5分。
(市バス専用一日乗車券カード(500円)で行けます。)
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銀閣寺 |
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正式には慈照寺(じしょうじ)と言います。
古都京都の文化財として世界遺産に登録されています。
当時は東山山荘・東山殿と呼ばれていました。
銀閣寺は室町幕府8代将軍の足利義政によって建てられました。書道や茶の湯、芸術を好む義政は庶民に税を課して建て、工事は義政の死の直前まで8年にわたって続けられました。応仁の乱が終わった直後で、当時、庶民の暮らしは苦しかったと言われています。
足利義満の金閣寺ほどではありませんでしたが、銀閣寺でも政治が行なわれていました。
銀閣寺は銀色ではありません。
銀閣寺は銀箔は塗られていませんが、黒漆が塗られていたと考えられています。
足利義満の北山山荘と義政の東山山荘に栄えた文化は、それぞれ北山文化・東山文化(室町時代)と呼ばれています。
<交通アクセス>
JR京都駅から市バス(5・17・203番)で
「銀閣寺前」下車歩いて5分、
「銀閣寺道」下車歩いて10分。
(市バス専用一日乗車券カード(500円)で行けます。)
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高台寺 |
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我が家では高台寺と呼ばず『秀吉とねねの寺』と呼んでいます。
豊臣秀吉没後、秀吉の正室である北政所(ねね)が慶長11年(1606)に秀吉の冥福を祈るため建立した寺です。
<交通アクセス>
・阪急河原町駅、京阪四条駅から市バス(207番)で東山安井停下車、東へ徒歩5分
・JR京都駅・近鉄京都駅から市バス(206番、東山廻り)で東山安井停下車、東へ徒歩5分
・R京都駅・近鉄京都駅からタクシーで約15分
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晴明神社 |
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晴明神社(せいめいじんじゃ)は、安倍晴明(あべの せいめい/はるあきら/はれあき)を祀(まつ)っています。
東宝映画「陰陽師(おんみょうどう)」がヒットしたことにより、京都にある晴明神社が人であふれかえるほどの大ブームとなりました。映画「陰陽師(おんみょうどう)」では主役の安倍晴明を狂言師野村萬斎が演じました。原作は夢枕獏の小説『陰陽師』です。
陰陽道とは当時最先端の呪術・科学であった「天文道」や占いのことで、安倍晴明は陰陽道の技術に関して卓越した知識を持ったエキスパートであり、平安貴族たちの信頼を受けた大陰陽師でした。
平将門の子の平将国が安倍晴明ではないかという説もあります。
<交通アクセス>
・京都駅より京都市バス(9系統)で一条戻り橋下車
・京阪四条駅から市バス(12系統)一条戻り橋下車。
・阪急河原町から市バス(12系統)一条戻り橋下車。
・烏丸駅から市バス(12系統)一条戻り橋下車。
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※晴明神社の「晴」は清ではなく晴です。
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嵐山
嵯峨野観光鉄道
(トロッコ列車) |
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旧嵯峨野線の一部を利用して運行している「嵯峨野トロッコ列車」は観光列車です。
「嵯峨野トロッコ列車」は、トロッコ嵯峨駅からトロッコ亀岡駅まで(7.3km)を約25分かけて走り、保津川渓谷の景色を楽しむことが出来ます。
<所要時間>
・トロッコ嵯峨→トロッコ嵐山・・・約 3分
・トロッコ嵯峨→トロッコ亀岡・・・約 25分
・トロッコ嵐山→トロッコ亀岡・・・約 20分
<トロッコ嵯峨駅までの交通アクセス>
・JR嵯峨嵐山駅西隣
・京福嵐電嵯峨駅から徒歩約3分
・市バス嵯峨瀬戸川町から徒歩約5分
・阪急嵐山駅から徒歩約30分
<トロッコ嵐山駅までの交通アクセス>
・JR嵯峨嵐山駅から徒歩約20分
・京福嵐山駅から徒歩約15分
・市バス野々宮から徒歩約10分
・阪急嵐山駅から徒歩約30分
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鞍馬寺 |
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仏教寺院。
鑑真(唐の僧で、盲目になりながらも来日し、仏教の戒律を伝え、貧民救済にも積極的に取り組んだ)の高弟鑑禎(がんてい)が建てたとされています。
鞍馬寺へはケーブルカー(鞍馬山鋼索鉄道)で行くことが出来ますが、宗教法人として唯一の鉄道事業者となっています。
鞍馬は牛若丸(源義経)が修行をした地として有名です。
また、大佛次郎の「鞍馬天狗」でも知られています。
<交通アクセス>
叡山電鉄出町柳駅から鞍馬線で鞍馬駅下車(約30分)、徒歩1分で仁王門(山門)。
※仁王門(山門)から本殿金堂まではケーブルカー(所用時間2分・片道100円)で行くことができます。
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清水寺 |
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古都京都の文化財の一部として世界遺産にも登録されています。
現在の建物の多くは、徳川家光の寄進によって再建されたものとされています。
清水寺は「源氏物語」「枕草子」「更級日記」「梁塵秘抄」にも登場し、浄瑠璃、歌舞伎などにも清水寺が登場し、平安時代に多くの人々に利用・参拝されていたことが分かっています。
<交通アクセス>
JR京都駅(206番・100番)より市バスで五条坂下車、徒歩10分。
阪急電鉄 河原町駅より市バス(207番)で清水道下車 、徒歩10分 。
京阪電車
五条駅下車 、徒歩25分
四条駅下車 、市バス(207番)で
清水道下車、徒歩10分。
七条駅下車 、市バス(206番) で
五条坂下車、 徒歩10分 。
(市バス専用一日乗車券カード(500円)で行けます。)。
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京都文化博物館 |
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京都の歴史と文化をわかりやすく紹介する総合的な文化施設です。
赤レンガの京都文化博物館別館は旧日本銀行京都支店(重要文化財)、歴史的建造物です。
<交通アクセス>
・地下鉄「烏丸御池駅」下車、5番出口から三条通りを東へ徒歩3分
・阪急「烏丸駅」下車、16番出口から高倉通りを北へ徒歩7分
・京阪「三条駅」下車、6番出口から三条通りを西へ徒歩15分
・JR・近鉄「京都駅」から地下鉄へ
・市バス「堺町御池」下車、徒歩2分
<住所>
〒604-8183
京都市中京区高倉通三条北西角 京都府京都文化博物館
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四条河原町阪急 |
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四条河原町交差点周辺は、西日本でも有数の繁華街のひとつ。
四条河原町阪急は四条河原町交差点の直下の地下駅「阪急電鉄京都線河原町駅」と地下で直結しています。
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高瀬川 |
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高瀬川は京都の中心部と伏見を結ぶために物流用に開削された運河です。
水深は数十センチ程度と浅く、物流には高瀬舟と呼ばれる小舟が用いられました。
桜の名所でもあり、観光客も多く、森鴎外、吉川英治の小説にも登場しています。
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三千院 |
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京都市左京区大原にある天台宗の寺院で、
最澄(平安時代の僧で、日本の天台宗を開)が788年、比叡山延暦寺を開いた際、自刻の薬師如来像を本尊とする「円融房」を開創したのがその起源と言われています。
杉木立の中に建つ写真が旅行本等にしばしば使われ、大原のシンボルともなっています。
また、男性4人の合唱団デューク・エイセスの「女ひとり」冒頭の『京都 大原 三千院〜♪』でも有名です。
<交通アクセス>
京都駅前から17・18番乗車
洛北・大原方面行き京都バス約60分、
「大原」下車 、 徒歩10分。
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上賀茂神社 |
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正式名称は賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)、通称が上賀茂神社(かみがもじんじゃ)。
下鴨神社)とともに古代の賀茂氏の氏神を祀る神社で、二十二社(神社の社格。二十二社の神社は、朝廷から特別の奉幣を受けた)の一社。
行事
葵祭(5月15日)
賀茂競馬(5月5日)
烏相撲(9月9日)
<交通アクセス>
・京都駅などから市バス30分、「上賀茂神社前」下車、徒歩0分。
・地下鉄北山駅から上賀茂神社行きバス10分、「上賀茂神社前」下車、徒歩0分。
他バスでは「上賀茂御薗橋」で下車し、御薗橋を渡り、バス停から徒歩約5分。
(市バス専用一日乗車券カード(500円)で行けます。)
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平等院 |
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古都京都の文化財として世界遺産に登録されています。
平等院のある宇治は平安時代初期から貴族の別荘地で、「源氏物語」の舞台にもなっています。
もともと平等院辺りは、光源氏のモデルとも言われる嵯峨源氏の源融(みなもと の とおる)の別荘地でした。
その後別荘は源融から宇多天皇に渡り、摂政藤原道長の別荘「宇治殿」となり、その子供、関白藤原頼通に渡り、頼通が宇治殿を寺に改め平等院の始まりとなりました。頼通は関白を50年間も務め、父道長と共に藤原氏全盛時代を築き、平等院鳳凰堂はその栄華の象徴とされています。
道長については『紫式部日記』にも記述されています。
(藤原氏の晩年は、男子誕生に恵まず、また戦乱や朝廷内部混乱が相次ぎ、縁のない後三条天皇が即位するなどして衰退していきます。)
<交通アクセス>
JR京都駅からJR奈良線快速でJR宇治駅まで約15分、
JR宇治駅から徒歩10分。
(快速の運行は1時間に2本です)
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北野天満宮 |
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通称、「てんじんさん」と呼ばれています。
西暦903年に菅原道真(すがわら
の みちざね・現在は学問の神として親しまれる)が無実の罪で大宰府左遷されそこで没した後、都では落雷などの災害が相次ぎ、これが道真のたたりだと恐れられ、朝廷は道真の左遷を撤回、947年、道真を祀る社殿が造営されました。
987年、一条天皇より「北野天満宮天神」の称が贈られ、以後朝廷の崇敬を受け、二十二社(神社の社格の一つ。二十二社の神社は、朝廷から特別の奉幣を受けた)の一社ともなりました。
菅原氏・藤原氏・足利将軍家などからも崇敬を受け、1587年には豊臣秀吉が北野大茶湯を行ないました。
現在では学問の神として信仰されるようになり、1871年(明治4年)に「北野神社」と改名されました。
<交通アクセス>
・JR京都駅より市バス(50・101系統)で、北野天満宮前下車、徒歩すぐ。
・JR・地下鉄二条駅より市バス(55系統)で、北野天満宮前下車、徒歩すぐ。
・JR円町駅より市バス203系統で、北野天満宮前下車、徒歩すぐ。
・地下鉄今出川駅より市バス(51・203系統)で、北野天満宮前下車、徒歩すぐ。
・京阪出町柳駅より市バス(203系統)で、北野天満宮前下車、徒歩すぐ。
・京阪三条駅より市バス(10系統)で、北野天満宮前下車、徒歩すぐ。
・阪急四条大宮駅より市バス(55系統)で、北野天満宮前下車、徒歩すぐ。
・京福電車白梅町駅より徒歩5分で、北野天満宮前下車、徒歩すぐ。
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龍安寺 |
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龍安寺は「りょうあんじ」と読みます。
古都京都の文化財として世界遺産に登録されています。
応仁の乱の東軍総帥でもあった細川勝元が宝徳2年(1450年)に創建した禅寺です。
(応仁の乱については「京都とは」をご覧下さい)
龍安寺は、応仁の乱(1467-1477年)を引き起こす当事者だった細川勝元自身が焼失。勝元の子の細川政元と、4世住持・特芳禅傑によって1488年に再興されました。後に豊臣秀吉と江戸幕府が保護しています。
<交通アクセス>
・JR京都駅から市バス50番で、「立命館大学前」下車、徒歩7分。
・阪急電鉄大宮駅から市バス55番で、「立命館大学前」下車、徒歩7分。京阪電鉄三条駅から市バス59番で「龍安寺前」下車すぐ。
(市バス専用一日乗車券カード(500円)で行けます。)
京福電車
龍安寺道駅下車で徒歩7分。
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平安神宮 |
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1895年(明治28年)に平安遷都1100年を記念して平安京遷都当時の天皇であった第50代桓武天皇を祀る神社として創建された。
創建を記念して、平安京遷都の日である10月22日に時代祭が行われるようになった。
<交通アクセス>
・JR京都駅・阪急河原町駅から市バス5番で、「教徒会館・美術館前」下車すぐ。
・地下鉄東西線「東山駅」下車、徒歩10分。
・京阪鴨東線「三条駅」「丸太町駅」下車、徒歩15分。
(市バス専用一日乗車券カード(500円)で行けます。)
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東本願寺 |
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<おまけ>
教如(きょうにょ)が徳川家康によって本願寺の東に寺領を与えられたのには特別な理由があります。
教如は、関東地方の天候不順で凶作だった事を理由に関東の門徒達の見舞いに訪れました。しかし見舞いは口実、実はスパイで、西軍方石田三成の様子を関東にいる家康に知らせるための旅でした。しかし三成に察知され三成に追われることになります。門徒達に助けられながらなんとか無事に家康のいる関東へたどり着きました。家康は教如の働きに名馬を贈るなどして教如を安全に帰しました(教如の知らせは、家康は教如より先に入手しており、家康は教如を歓迎していなかったとも言われています)。
教如の門徒の犠牲者は多く安八町森部の光顕寺近くに門徒たちの供養塔が残されています。
また、西軍に追われる途中で隠れた安八郡の光顕寺ではもう逃げ切れないと思った教如が書いた辞世の句を鏡板に彫り、今日でもその鏡板が残されています。
散らさじと森辺の里に埋めばや 影は昔のままの江の月
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真宗大谷派の本山で、西本願寺と並ぶ浄土真宗の本山。
東本願寺は西本願寺と区別して「お東さん」とも呼ばれます。
知恩院を創設した法然(ほうねん)の弟子で、浄土真宗の開祖である親鸞(しんらん)が亡くなり、廟堂(びょうどう・祖先や先人の霊を祭る所)が現在の東山区林下町(知恩院山門北の崇泰院あたり)に造営され、「大谷(おおたに)廟堂」「大谷影堂」と呼ばれていました。後にこの廟堂が破壊されて再建したのが「大谷本願寺」となり、これが本願寺の始まりです。
その後本願寺は2つに分裂し、その片方がこの東本願寺。現在では西本願寺が正式な「本願寺」されているようです。2011年4月9日より本願寺(西本願寺)御影堂にて親鸞聖人750回大遠忌法要開始予定です。
<なぜ西本願寺と東本願寺に分裂したか>
本願寺は、
准如が本願寺(西本願寺)を継承し、
教如が東本願寺を開きました。そのいきさつは・・・
教如(きょうにょ)の父、本願寺第11世門主であった顕如(けんにょ)の時代の本願寺教団は、門徒による一向一揆の掌握に務める一方、細川家や京の公家衆との縁戚関係を深めるなどして、経済的にも軍事的にも大名に匹敵する権力を持ち、石山本願寺(大阪市中央区・その後炎上、跡地に豊臣秀吉が大坂城を築いた)を拠点に最盛期を迎えていました。
このような権力を握っていたことから、町衆や織田信長による圧迫を受け、1570年から本願寺と織田信長は交戦状態になり、これを石山合戦といいました。石山合戦は信長の天下統一を10年遅らせたともいわれています。
顕如の長男、教如は石山戦争で父と信長と戦いましたが、1580年、信長の猛攻の前に父が石山本願寺を退去し和睦しようとしたのに対し教如は従わず本願寺に立て籠もって信長に抗戦し、父親から絶縁されてしまいました。
しかし、1582年の信長の本能寺の変で死去後は父と和解。また、本願寺教団は豊臣秀吉と和解し、秀吉によって京都の七条堀川の地に寺地を与えられ本願寺教団を再興することが出来ました。ところが、父に絶縁されたこと、信長と徹底抗戦した事などを理由に教如は後継者にふさわしくないと豊臣秀吉に反対され、教如の異母弟、准如が本願寺(のちの西本願寺)の後継者12世門主となり、教如は本願寺を継ぐことができませんでした。
秀吉が死去すると、徳川家康が政権を握り、教如と准如の争いに介入、徳川家康による寺地の寄進がなされ、1602年に教如は独立して東本願寺を建立しました。このため、本願寺は、准如の本願寺(西本願寺)と教如の東本願寺とに分裂することになりました。
<交通アクセス>
JR「京都駅」から徒歩7分、または地下鉄烏丸線「五条駅」から徒歩5分
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南禅寺 |
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創立者は亀山法皇、
開山(初代住職)は無関普門。
言われによると、南禅寺では夜な夜な妖怪が出没し、亀山法皇やお付きの官人たちを悩ませていました。
ところが、無関普門が弟子を引き連れ、静かに座禅をしただけで妖怪が退散し、その為、亀山法皇は無関を初代住職としたそうです。
<交通アクセス>
JR「京都駅」から5系統のバス「南禅寺・永観堂道」下車、徒歩15分
(市バス専用一日乗車券カード(500円)で行けます。)
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大仙院
(大徳寺) |
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大徳寺(だいとくじ)の山内(山内とは境内や敷地の意味)にある塔頭の一つです。大徳寺には20寺以上の塔頭が並びます。その中の大仙院、龍源院、瑞峯院、高桐院の4塔頭だけが公開されています。
公開されていないお寺の中には織田信長・豊臣秀吉・石田三成らによって建立された塔頭寺院もあれば、大徳寺は茶の湯の世界とも縁が深く、千利休をはじめ多くの茶人が大徳寺と深く関わっています。
豊臣秀吉が千利休に切腹を命じましたが、その理由の一つには大徳寺の三門が関わっています。資金不足のため未完成だった山門に千利休が金毛閣を建て、そこに利休の木像を置いてしまったことで、山門をくぐった秀吉が像に上から見下ろされることに腹をたてた、と言われています。千利休が像を置いたのではなく、大徳寺からの寄付に対する感謝だったそうです。
千利休の木像は山門からはずされ、一条戻橋(上京税務署前の通り「一条通」から「堀川通」へ向かう途中の堀川を渡る橋)に置かれ、切腹した千利休の首もそこにさらされました。
大仙院の3世住職の「古径和尚」がその千利休の首を持ち帰り手厚く葬ったと言われています。大徳寺聚光院(じゅこういん)に千利休の墓があります。
また、大仙院は宮本武蔵が七世沢庵和尚から剣道を習っていたいたところとしても有名で、七世沢庵和尚は「たくあん」考案者でたくあん和尚とも呼ばれています。
<交通アクセス>
京都市営バス大徳寺前下車(市バス専用一日乗車券カード(500円)で行けます。)
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新京極 |
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三条通から四条通にある、新京極通(しんきょうごくどおり)。1872年に京都府参事槇村正直によって作られました。観光客向けの土産物店の他、飲食店、ファッション洋品店並び、修学旅行生や観光客に人気の通りです。
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千本鳥居 |
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伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)にあります。応仁の乱で焼失し1499年に再建されました。国の重要文化財に指定されています。
伏見稲荷大社は稲荷神を祀る全国約4万社の稲荷神社の総本宮。
稲荷山の麓に本殿があり、稲荷山全体を神域としています
稲荷神が農業の神であるために、五穀豊穰・商売繁盛・交通安全といったご利益があります。
稲荷山には信者から奉納された約一万基の鳥居があり、特に千本鳥居は名所となっています。
<交通アクセス>
・JR西日本奈良線で稲荷駅下車。
(京都駅から普通列車に乗り換え。所要時間は約5分。正月を除いて快速列車は停車しない)
・京阪電気鉄道京阪本線で伏見稲荷駅下車
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渡月橋 |
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桂川にかかる橋で、嵐山を象徴する橋です。映画やテレビドラマの撮影に使われることも多く、観光地にもなっています。
亀山上皇が、橋の上空を移動していく月を眺めて「くまなき月の渡るに似る」と感想を述べたことから渡月橋と名付けられました。
<交通アクセス>
・阪急嵐山線で嵐山駅下車、徒歩。
・京福嵐山本線(嵐電)で嵐山駅下車、徒歩。
・JR嵯峨野線(山陰本線)で嵯峨嵐山駅下車、徒歩10分。
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詩仙堂 |
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石川丈山が隠居のため造営した山荘です。石川丈山は徳川家の家臣でしたが、武士をやめ儒学を学び、後に病気がちな母を養うために浅野家に13年も仕えていました。
(浅野家とは浅野
長矩(ながのり)、受領名を言えば誰でもしっている忠臣蔵の浅野内匠頭(あさの たくみのかみ・本名)の浅野家です。まだ浅野内匠頭がいない時代に仕えていました。浅野内匠頭(江戸中期の大名で赤穂藩赤穂藩(あこうはん・現在の兵庫県赤穂市、相生市、上郡町。藩庁は赤穂城。)浅野家三代藩主。江戸城松の廊下で吉良上野介に斬りつけ切腹。浅野内匠頭精神病を持っていたとも言われています。)
詩仙堂には中国の詩家36人の肖像を掲げた詩仙の間があり、それが「詩仙堂」の名の由来となっています。
石川丈山は庭園造りの名手で、丈山自身により設計された庭は四季折々に楽しむことができます。
東本願寺只穀邸(渉成園)の庭園も石川丈山により設計されたと伝えられています。
<交通アクセス>
・市バス(5、北8、65系統)、
京都バス(55、18系統)で一乗寺下り松町(いちじょうじさがりまつちょう)下車、 東へ約300m
・鉄道 叡山電鉄一乗寺駅下車、東へ約600m。
(市バス専用一日乗車券カード(500円)で行けます。)
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京都迎賓館
(京都御苑内) |
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京都御苑内・京都御所(きょうとごしょ)とは、京都府京都市上京区にある皇居です。その東に京都迎賓館があります。天皇が江戸で直接政治をみるために江戸に移り、江戸が東京となって政府も東京へ移された後の明治10年(1877年)、東京の皇居に移っていた明治天皇が京都を訪れた際、荒廃していた京都御所の様子を嘆き、御所の保存を命じました。都御所、京都大宮御所と仙洞御所を宮内庁が管理、その周囲の国民公園である京都御苑を環境省が管理しています。
平成6年(1994年)10月25日の閣議において、国際的にも広く知られる京都に、海外からのお客さまを接待するためのお国の迎賓施設を建設することが決定され、京都御苑内・京都御所の東・饗宴場跡地が選ばれ、2005年4月に「京都迎賓館」として開館しました。
<交通アクセス>
・JR京都駅から市営地下鉄烏丸線に乗り換え、丸太町駅下車、徒歩1分。
・阪急四条烏丸駅から市営地下鉄烏丸線(四条駅)に乗り換え、丸太町駅下車、徒歩1分。
・京阪丸太町駅から徒歩10分。
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東福寺 |
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「名探偵コナン 迷宮の十字路」でも舞台となった、東福寺。
寺名は奈良の東大寺、興福寺(こうふくじ・藤原氏の祖・藤原鎌足等ゆかりの寺院で、古代から中世にかけて強大な勢力を誇った藤原氏の氏寺です)の二大寺から1字ずつ取って「東福寺」としました。
開基(創立者)は、九条道家、開山(初代住職)は聖一国師円爾(しょういちこくしえんに)です。
東福寺のあたりはもともと延長2年(924年)に藤原忠平によって建てられた藤原氏の氏寺・法性寺(ほっしょうじ・東福寺駅近くに今もあります)の巨大な伽藍があり、1236年に九条道家(摂政・鎌倉将軍藤原頼経の父)が、ここに釈迦像を安置する大寺院を建立することを発願し「東福寺」が出来ました。
明治時代の日露戦争の際には寺域が接収され、ロシア兵捕虜の収容施設となっていた場所でもあります。
<交通アクセス>
・京阪本線「鳥羽街道」もしくは「東福寺」下車、徒歩。
・JR奈良線「東福寺駅」から南東へ徒歩10分。
(市バス専用一日乗車券カード(500円)で行けます。)
→MAP
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八坂神社 |
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二十二社の一社にもなっています。
「祇園社」「感神院」などと呼ばれていましたいが、明治維新後に「八坂神社」と改称しました。
祇園さんとも呼ばれ、京都の有名なお祭り「祇園祭」は八坂神社のお祭りとしても知られています。
八坂神社に祀られている神様はスサノオノミコトという神様です。
スサノヲノミコトは乱暴者でアマテラス様(太陽の神様)を困らせ、人間の世界へ追放されてしまった神様でしたが、ヤマタノオロチ(大蛇)を退治し、娘(クシイナダヒメノミコト)を救って結婚し、地上に幸いをもたらした神様で日本神話でも知られています。
<交通アクセス>
・京阪四条駅より徒歩で約5分
・阪急河原町駅より徒歩で約8分
・JR京都駅より市バス(206番)祇園下車すぐ
(市バス専用一日乗車券カード(500円)で行けます。)
→MAP
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知恩院 |
<知恩院の七不思議>
・鶯張りの廊下
歩くと鶯の鳴き声に似た音がするため「鶯張りの廊下」と呼ばれ、静かに歩こうとすればするほど音がする。(御影堂から大方丈・小方丈へ至る約550mの廊下)
・白木の棺
三門楼上に安置されている二つの白木の棺で、中には将軍家より三門造営の命を請け、三門完成後に工事の予算が超過したため責任をとって自刃したと伝えられている大工の棟梁・五味金右衛門夫婦の自作の木像が納められている。
・忘れ傘
御影堂正面軒下に名工・左甚五郎が魔除けに置いたとも、白狐の化身・濡髪童子がおいたとも伝えられる傘で、知恩院を火災から守るものとされている。
・抜け雀
狩野信政が描いた大方丈の菊の間の襖絵で、万寿菊の上に数羽の雀が描かれていたが、あまりにも上手に描かれたので雀が生命を受けて飛び去ったといわれる。
・三方正面真向(まむき)の猫
大方丈の廊下にある杉戸に描かれた狩野信政筆の猫の絵で、どちらから見ても見る人の方を正面からにらんでいるので「三方正面真向の猫」と呼ばれている。
・大杓子
大方丈入口の廊下の梁に置かれている長さ2.5m・重さ約30kgの大杓子で、阿弥陀仏の大慈悲ですべての人が救いとられるという一切衆生救済を表したものである。
・瓜生石(うりゅうせき)
黒門への登り口の路上にあり、知恩院が建立される前からあるとされる大きな石で、一夜にしてこの石から蔓が延びて花が咲き、瓜が実ったと伝わる。 |
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知恩院(ちおんいん)は、京都府京都市東山区にある浄土宗総本山の寺院。
創立者は法然(ほうねん)で、浄土真宗の開祖として有名な親鸞(しんらん・本願寺は親鸞を祀るために建てられた。後に分裂し西本願寺と東本願寺となる)は法然の弟子です。
知恩院も応仁の乱などで焼失していますが、その都度、徳川家によって再興されています。
応仁の乱後は浄土宗徒であった徳川家康が知恩院の寺地を拡大し、造営は2代将軍徳川秀忠に引き継がれ、1633年の火災で焼失した後も、3代将軍徳川家光によって再建されるなどし、知恩院は徳川家と深く関わっています。徳川家が知恩院の造営に力を入れたのは、徳川家が浄土宗徒だということもありますが、知恩院を京都における徳川家の拠点として、徳川家の威勢を誇示し、朝廷を牽制するなど、政治的な背景もあったと言われています。
<交通アクセス>
・市バスで「知恩院前」で下車、徒歩7分。
・京阪バス「神宮道」で下車、徒歩7分。
・地下鉄東西線東山駅で下車、1番出入口(階段のみ)より徒歩約10分。
・京阪電気鉄道京阪本線四条駅、または阪急電鉄京都本線河原町より徒歩約20分
(市バス専用一日乗車券カード(500円)で行けます。)
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先斗町歌舞練場 |
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先斗町(ぽんとちょう)歌舞練場は鴨川をどり等の行事がある他、一般でも利用出来る施設です。
3階、4階の大広間はおさらい会、お稽古場、展示場としての機能を備えた会場で、芸事に興味のある舞妓さん、舞踊、三味線、礼儀作法などのお稽古事を習って伝統芸能を引き継ぐ担い手さんを募集していることもあります(先斗町歌舞練場の公式サイト参照)。
先斗町(ぽんとちょう)は京都市中京区に位置し、鴨川と木屋町通の間にある花街。
明治5年(1872年)に鴨川をどりが初演され、先斗町は花街としての花を開かせました。一説によれば、先斗という地名の語源はポルトガル語のponto(「先」の意)にあるとされ、また、鴨川と高瀬川に挟まれているため、堤であると捉え、鼓が「ポン」と鳴ることに掛けて、「ぽんと」となったという説もああります。
<交通アクセス>
・JR京都駅の中央口から5、17、205系統のバス約20分「河原町三条」下車、徒歩5分。
・京阪電車「三条駅」下車、徒歩5分。
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花見小路通 |
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花見小路通(はなみこうじどおり)は、京都市の南北の通りの一つ。北は三条通から南は安井北門通まで約1km、祇園の中心を通るメインストリートです。
舞子さん達を見かけることもある、風情のある街並です。
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新門前通 |
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骨董店、古美術商が京都で最も集まっている通りです。
名前は知恩院の表門前の通りを古門前通と呼ぶことに対してつけられたと言われています。
新門前通(しんもんぜんどおり)は京都市東山区内の東西の通りの一つ。
東は東大路通から西は大和大路通(縄手通)まで延長およそ400m。大和大路通から先にも、川端通まで道路は続いています。
祇園のほぼ北縁に位置しています。
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二条城 |
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徳川家康が京に滞在中の宿所として作った城。
関ヶ原の戦後、家康は征夷大将軍に任命され、二条城で正式な将軍宣下を受け、江戸幕府が開かれました。
94年にはユネスコの世界文化遺産に「古都京都の文化財」の1つとして登録されました。
また、徳川家康の将軍宣下と、徳川慶喜の大政奉還が行われ、江戸幕府が始まり、そして終わった場所でもあります。
<交通アクセス>
・JR京都駅から市バス(9・50・101号系統)で「二条城前」下車
・阪急烏丸駅から市バス(12・101号系統)で「二条城前」下車
・京阪三条駅で地下鉄東西線「三条京阪駅」に乗り換えて「二条城前駅」下車。
(市バス専用一日乗車券カード(500円)で行けます。)古都京都の文化財として世界遺産に登録されています。
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↓↓↓下図も二条城です
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